●0124 竣工/武相荘の屋根の意匠
最後の最後に、軒のラインが真っ直ぐになるようにハサミを入れます。
軒の仕上げは、まず表(上側)を軒の厚みを揃えて刈り、次いで裏(下側)を高さを揃えて刈り落とします。
これで軒のラインは水平な直線になるはずですが、実際には自然素材である茅は一本ずつが隙間を持ってランダムに配置されているので、茅一本分のでこぼこが残ります。
その細かな凹凸をハサミで直線にこそげとることで、縁先から見上げた時に軒先が真っ直ぐ通った屋根になります。
もちろん、あまり深くハサミを入れて軒先の角度が甘くなると、屋根を流れて来た雨水が軒先で切れず、軒裏に伝ってまわり込むようになるので、切り揃えるのは茅一本以内の厚みで、切るか切らないかという加減でなければなりません。
武相荘の建物は、この土地が鶴川村であった頃からここにあった農家だそうですから、武蔵野の地の文化に配慮して棟や軒周りの意匠は関東の屋根のそれを踏襲するように努めました。
一方で、建物自体が凍結保存の求められる建築史的な意味での文化財建造物ではなく、そこで営まれてきた暮らしの方に意義のある建物でもありますから、単に昔のやり方をなぞるだけではなく、美山の職人としてのこだわりも存分に発揮させて頂きました。
四隅のコーナーや軒のラインを、見た目に直線となるように仕上げることや、わずかに起り(ムクリ)をつけて屋根表面を平面に仕上げることなどで、我々の仕事を評価して依頼して下さったお施主さんのご期待に応えるためにも、建物の属する地域文化への敬意と職人としてのこだわりのバランスを取っていくことが、この屋根を葺いて行く中での大きなテーマでした。
それが上手く行ったかどうかは、ぜひ武相荘を訪ねて皆さんご自身の目で確かめてみて下さい。
まだ、建物の裏手では大工さんの作業が残っているようですが、表側の足場は週明けにも外されて、新しくなった屋根を庭とともにご覧頂けるようになるはずです。
コメント
う〜ん、深いですね〜
屋根屋さんは、とても丁寧に毎日を生きておられますね。想いが手に伝わり、茅に伝わって、いい屋根ができあがっていくのですね。
頭が下がります。
Posted by: とまとん | 2007年01月30日 14:52
生活観と地方色を大切に、ということって、とても大切なことだと思います。「今の時代に生きる茅葺民家」というスタンスが、とても素敵だと思いました。
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関東風と、関西風、というのが気になったので、美山の写真と比較してみたら、武相荘の屋根は、屋根のてっぺんから一直線に傾斜していて、こんもり、というかふっくらしているんですね〜!
美山はてっぺんが鋭角になっている分、シャープな印象を受けました。
関東風と関西風は、そういう違い、ということですか??
これを期に、少し茅葺に興味がわきました。
いつも色々聞いてしまって、スミマセン…。。
Posted by: edible | 2007年01月30日 23:31
とまとん さん、 edible さん、コメントありがとうございます。
>とまとん さん、
あまりにお褒め頂き恐縮です。
自らの喜びとなるような良い仕事をしたいというのは、屋根屋でも、八百屋さんでも、営業の方でも、旋盤工さんでも、主婦の方でも皆同じだと思うのですが・・・
武相荘の現場で棟梁を務められていた、美山のナカノさんを中心とする職人グループの中には、互いを切磋琢磨する良い意味での緊張感が保たれているおかげで、僕のような生来ズボラな人間でも、仕事に関しては真剣に取り組もうという気持ちを切らさずにいられます。
手前味噌ですが、本当に良いチームです。
>edible さん、
民家はそこに住む人の暮らしや社会状況に即して、本来その姿を柔軟に変化させて行くものだと思っています。歴史資料として保存すべき文化財は別として、仰るように無理に古い形態に固執するのではなく、過去に学びながら現在に適した姿を求めて、生きた茅葺き屋根を葺いて行きたいものです。
たまたま仕事をする機会が多かったので、関東と関西の屋根を比べていますが、日本の茅葺きは実に地域性が豊かで、他の地域でもそれぞれに特徴ある姿を見せてくれています。
なかでもedible さんの注目された棟には、特に地域毎の特色が現れていて、丸い棟は関東から東北南部にかけて良く見られます。西日本の屋根は三角の棟が普通ですが、そのなかでも美山の棟は確かにとりわけ尖っています。
もちろんかたちが異なる前に、葺き方もそれぞれ異なっています。人にわかりやすく説明するには僕自身まだまだ勉強不足なのですが、日本の茅葺きの多様性には興味が尽きません。
これからも仕事をして行く中で経験し、気がついたことなどはブログでご紹介しながら、皆さんのご意見も伺えたらと思っています。
Posted by: shiozawa | 2007年01月31日 02:20
白洲邸の葺き替えを、興味深く拝読させて頂きました。
屋根にも用の美があり、また風土と切り離せないものだとつくづくと感じました。
仕上った美しい屋根をこの目で確かめたいものです。
私の暮らす北陸では、富山は切妻、石川では入母屋が多く、屋根の形も混成しいているのが面白いです。
またお邪魔します。
Posted by: 花がたみ | 2007年02月01日 23:54
おつかれさまです。
武相荘、完成されたのですね。
おめでとうございます。
あれから楽しみにブログを読ませていただきました。興味のあった、工程も伝わってきました。ありがとうございました。
それにしても、茅葺きの屋根は、美しいですね。一番上の写真に写っているのは、木立の影でしょうか?他のものだったら、そうはいかないですよね。
受け入れてくれるような、大地のような雰囲気だなぁと思いました。
完成、見に行きますね。
昨年夏、はじめてお会いした炭焼きの竹澤さんという方に、五右衛門風呂に入らせていただいたのですが(美山ってすごいですね。人を信じてくださるところが。。)葺き替えしました。。と年賀状に写真をつけて、おくってくださいました。お知り合いの方が工事されたのでしょうか?
ここにくると心があらわれるような
気がしますので、武相荘が終わっても、
読みにきさせてください。
お体を大切に、良い仕事、期待しています。
Posted by: kokubo | 2007年02月02日 05:59
花がたみ さん、kokubo さん、コメントありがとうございます。レス遅れてすみません。
>花がたみ さん、
茅葺き民家というと、古いものに余計な手間暇かけた贅沢品と思われがちですが、民家は本来風土に即した合理的なものであり、その機能美を失うようなことの無いように努めて行くつもりです。
五箇山の合掌集落の他にも、大きさから葺き方まで様々な能登の入母屋の茅葺きであったり、瓦葺きでも茅葺きから移行した大壁造りの民家など、多彩な北陸の茅葺き文化にもいつか機会を得て、色々と学んでみたいと思っています。
ぜひまた、ご意見など聴かせて下さい。
>kokubo さん、
ありがとうございます。おかげさまで事故も無く竣工しました。
茅葺きの工程を写真と文章だけで説明できているかどうか、毎回甚だ不安なまま続けて来ていますが、少しでも伝わっていれば幸いです。
武相荘は周りに立ち木が多いので、どうしても屋根に影を落とすようになります。それは屋根にとっては決して良いことではないのですが、雑木の庭との調和はここの大きな魅力のひとつですから、木の多いところでもなるべく長持ちするように葺いたつもりです。
ぜひご覧になって確かめてみて下さい。
また、美山で屋根を葺いたのは仕事仲間です。美山の屋根もまた見に来て下さい。
更新は遅れがちですが、ブログの方もよろしくお願い致します。
Posted by: shiozawa | 2007年02月05日 01:45