つい60年程前まで、日本では市街地を除けば屋根は茅で葺くのが当たり前でした。私たち職人が普段手がけさせてもらっている、民家の母屋や寺社以外の、水屋や家畜小屋や炭焼き小屋の屋根はどのように葺かれていたのでしょうか?
わざわざ職人を呼ぶような場面でなくとも、濡れては困るものには必ず屋根をかけていたはずです。
それはこの堆肥小屋のような、軽くて薄い「苫葺き(とまぶき)」という屋根だったかもしれません。
「苫」とはワラやスゲなどの草を、元末を揃えて編んだものです。元の方を棟側にして、軒から棟へと重ねながら屋根の上に広げると、逆葺きの茅葺き屋根ができあがります。
ちなみに元末を交互に草を編んだものは「筵(むしろ)」や「簾(す)」。
あらかじめ編んでおいたものを巻いて束ねておけば、これをさっと広げて仮止めするだけで雨露が凌げる優れものです。耐久性はありませんが、手軽に雨養生するにはうってつけな葺き方です。
苫葺きは高度な職人技ではありませんが、かつては誰でも当たり前に出来たことでも、一旦失われてしまうと取り戻すのは容易ではありません。運良く記録に残され、かたちをなぞることが出来ても、経験を重ねて蓄積されたコツというのは、共に手を動かさなければ共有できないものです。
難しい屋根を葺く技術は、文化財としてかたちとともに遺されますが、かたちに残らない、茅葺きとともにある暮らしの記憶に触れたいと、職人の手に依らない茅葺きを探し続けていました。
しかし、苫葺きはトタンやビニールシートに取って代わられていて、職人不要の茅葺きはこの収穫後の稲藁を養生するワラヅトくらいしか見付けられないでいました。
そんな時に、偶然出会って衝撃を受けたのがこれです。
苫葺きの大きな小屋。茅葺屋が活動拠点を置く神戸と美山を結ぶ道中の、三田のとある田んぼに冬のあいだだけ現れていました。
干し草の発酵熱を利用してウドを栽培する、ウド小屋。
いつもと違う道を、めずらしく昼間に走って、たまたま出会うことが出来ました。
その頃僕は独立したばかりで、日常=出稼ぎの「渡りの職人」として各地を巡っていましたが、毎年晩秋には三田の田んぼに通い、ウド小屋の葺き方を勉強させて頂きました。
と、いってもご夫婦による完成されたチームワークの前に、ほとんどお手伝いすることも出来ず眺めているばかりの日が多かったのですが、一緒に苫を編ませてもらったり、一服どきに棟収めの手解きをして頂いたりしていました。
中から見上げると光がこぼれるほど薄い苫葺きのウド小屋。完全防水ではありませんが、強い雨に降られても、中は乾いています。
現在ではウド小屋もビニールハウスと電気ヒーターで栽培することが殆どになっていますが、「雨を防ぐのに蒸れない」「風を遮るけれども日射の熱も遮る」等の、ビニールシートには無い苫葺きの機能故に、こだわりを持った農家さんによって使われ続けていたことで出会うことが出来ました。
ウド小屋は現役の苫葺きというだけではない、暮らしの中の茅葺きとして素晴らしいストーリーをたくさん見せてくれたのですが、それらについてはまた、あらためてご報告します。
苫葺きはウド小屋に適していただけではありません。強い風が吹いてもたなびいて受け流すため、ビニールシートのように孕んで大きな音を立てたり、トタンのように飛ばされて人に怪我をさせたりすることが無いという、街中で使うにあたって適した性能も持っています。
茅葺き屋根を昔話の中に留めず、苫葺きの特性を活かして現代の暮らしの中に取り入れる、新しい茅葺き「キセカヤ」をご提案します。
見学会+体験会 カヤコヤ'10@淡河/神戸にて、見て、触って、葺いて、感じてみて下さい。