« 1103 子供たちの茅葺き | メイン | 0624 苫編み »

苫葺きのこと

つい60年程前まで、日本では市街地を除けば屋根は茅で葺くのが当たり前でした。私たち職人が普段手がけさせてもらっている、民家の母屋や寺社以外の、水屋や家畜小屋や炭焼き小屋の屋根はどのように葺かれていたのでしょうか?
P1070472.jpg
わざわざ職人を呼ぶような場面でなくとも、濡れては困るものには必ず屋根をかけていたはずです。
それはこの堆肥小屋のような、軽くて薄い「苫葺き(とまぶき)」という屋根だったかもしれません。

「苫」とはワラやスゲなどの草を、元末を揃えて編んだものです。元の方を棟側にして、軒から棟へと重ねながら屋根の上に広げると、逆葺きの茅葺き屋根ができあがります。
ちなみに元末を交互に草を編んだものは「筵(むしろ)」や「簾(す)」。
P1070478.jpg
あらかじめ編んでおいたものを巻いて束ねておけば、これをさっと広げて仮止めするだけで雨露が凌げる優れものです。耐久性はありませんが、手軽に雨養生するにはうってつけな葺き方です。

苫葺きは高度な職人技ではありませんが、かつては誰でも当たり前に出来たことでも、一旦失われてしまうと取り戻すのは容易ではありません。運良く記録に残され、かたちをなぞることが出来ても、経験を重ねて蓄積されたコツというのは、共に手を動かさなければ共有できないものです。
img026.jpg
難しい屋根を葺く技術は、文化財としてかたちとともに遺されますが、かたちに残らない、茅葺きとともにある暮らしの記憶に触れたいと、職人の手に依らない茅葺きを探し続けていました。
しかし、苫葺きはトタンやビニールシートに取って代わられていて、職人不要の茅葺きはこの収穫後の稲藁を養生するワラヅトくらいしか見付けられないでいました。

そんな時に、偶然出会って衝撃を受けたのがこれです。
苫葺きの大きな小屋。茅葺屋が活動拠点を置く神戸と美山を結ぶ道中の、三田のとある田んぼに冬のあいだだけ現れていました。
img147a.jpg
干し草の発酵熱を利用してウドを栽培する、ウド小屋
いつもと違う道を、めずらしく昼間に走って、たまたま出会うことが出来ました。

その頃僕は独立したばかりで、日常=出稼ぎの「渡りの職人」として各地を巡っていましたが、毎年晩秋には三田の田んぼに通い、ウド小屋の葺き方を勉強させて頂きました。
img149.jpg
と、いってもご夫婦による完成されたチームワークの前に、ほとんどお手伝いすることも出来ず眺めているばかりの日が多かったのですが、一緒に苫を編ませてもらったり、一服どきに棟収めの手解きをして頂いたりしていました。

中から見上げると光がこぼれるほど薄い苫葺きのウド小屋。完全防水ではありませんが、強い雨に降られても、中は乾いています。
現在ではウド小屋もビニールハウスと電気ヒーターで栽培することが殆どになっていますが、「雨を防ぐのに蒸れない」「風を遮るけれども日射の熱も遮る」等の、ビニールシートには無い苫葺きの機能故に、こだわりを持った農家さんによって使われ続けていたことで出会うことが出来ました。
P1070449.jpg
ウド小屋は現役の苫葺きというだけではない、暮らしの中の茅葺きとして素晴らしいストーリーをたくさん見せてくれたのですが、それらについてはまた、あらためてご報告します。

苫葺きはウド小屋に適していただけではありません。強い風が吹いてもたなびいて受け流すため、ビニールシートのように孕んで大きな音を立てたり、トタンのように飛ばされて人に怪我をさせたりすることが無いという、街中で使うにあたって適した性能も持っています。

茅葺き屋根を昔話の中に留めず、苫葺きの特性を活かして現代の暮らしの中に取り入れる、新しい茅葺き「キセカヤ」をご提案します。
見学会+体験会 カヤコヤ'10@淡河/神戸にて、見て、触って、葺いて、感じてみて下さい。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.kayabuki-ya.net/notebook2/mt-tb.cgi/112

コメント (7)

関東ではけっこう、苫葺きは観ます。
千葉県ではよくありますが簡単だからでしょうか。

そんななか、外房で、水平の苫葺きの畑を観た事があります。なんの畑なんだろう?
垂直の壁と、背丈よりちょい高い高さで延々水平。まるでモダンアートのようです。


農産物の場合、日光を遮る必要性が良くあるので、
花卉の栽培なんかだと、遮光シートがハウスの内側に掛けられる。これはガラス、ないし、ビニルがあって、さらに内側に日除け、なんかめんどくさいですよね、苫葺きで一発の方がシンプルという事かも。(風で飛ぶという事以外)

おっと、軽率にアートみたいな、といってしまいました。
けど、芸術の本質について、しばしば考えてます昨今です。

美とは、機能や必要から自然とできたところによるのは、よく見受けられ、その素直さに感動します。

自然物はまさにお手本的それ、とおもいます
小賢しい狙った美よりもだいぶ良かれと思う事もしばしば

ichide さん、コメントありがとうございます。

もともと百姓の百の技の基本スキルだったのでしょうが、「手軽に雨養生」という点で、より優れたビニールシートに置き換わっています。
「蒸れない」とか「熱も遮る」という、ビニールシートに無い機能を必要とされる場面にのみ需要が残っていますが、逆にビニールシートの「気密性」を必要とされることも多いでしょう。

機械的に厳密な温度管理をしようと思えば、やはりビニールシートと寒冷紗の組み合わせの方が適していそうですし、交雑を防ぐための受粉の管理などもやりやすいと思います。
要は使い分けですが、苫葺きならではの機能は、これから農よりも住の場で活躍するのではと感じています。


関西では藁に囲まれた畑と言うと、まず思い浮かぶのはお茶の覆下栽培です。それから、小松菜とか葉ものの畑ですね。夏に強すぎる日射を調節したり、冬には霜から守ったり逆にあてたり。
ただいずれも日射と気流をコントロールするための「簾」で、雨仕舞いを考慮した「苫」ではないので茅葺きではありません。


もし、ウド小屋が昔懐かしい風情を出すために、自然素材の藁を使い続けていたのだとしたら、そこに美は宿らなかったかもしれません。はじめて出会い衝撃を受けたとき、その背後に酒米の栽培と裏作としてのウド栽培の、草資源の循環する完成された人の営みを、意識せずとも感じていたはずだと思っています。

ichide:

この在り方は納豆の藁にも共通する感じです。
納豆菌や保温の合意性。
しませんか?(笑

ichide さん、コメントありがとうございます。

苫葺きのウド小屋にこだわられるのは、ビニールハウス栽培のものと比べると、やはり風味に差が出るからだとか。干し草の発酵熱の管理と相性が良いのかもしれませんね。
ちなみに干し草に使っているのは、夏場に畝刈りして天日で乾かした田んぼの畔の雑草です。とことん田んぼの小宇宙で完結しています。

あ、でも農協への出荷価格は、ウド小屋でもビニールハウスでも変わらないそうです。つまんないですね。

ソワカ:

御無沙汰しています。

先日ありました、屋根の協議会にて某大学のA先生が三田のウド小屋のお話をしていました。こちらの写真と同じものがあり、ふとこの記事を思い出していました。

以前にもコメントで書いたと思いますが、別府の明礬温泉のそれも同じものだと思います。改めて、もう一度見にいってみなければと、、、

やはりお話の内容はイネ科の循環性と炭素の固定化に着目されていました。茅場を守ることは二酸化炭素の削減に直に結びついているものと改めて認識させれてきました。

ソワカ さん、コメントありがとうございます。
レスが遅くなり申し訳ありません。

協議会には僕が申込を忘れていたせいで、弟子もろとも参加できませんでした。親方がヌケているせいで周りの人に迷惑をかけてしまいます。
苫葺きのウド小屋も僕の知る限り、関西に数例しかないということで、A先生も見に来られました。

植物による二酸化炭素の固定は、化石燃料の使用による放出とは時間のスパンの桁がまるで違うので、地球温暖化云々の話と結びつけることには抵抗がありますが、資源としての草を循環させる生産システムには感嘆させられます。
茅葺きも、これから時代に合わせて変わっていたったとしても、ここは絶対に外せないところだと思っています。

コメントを投稿

About

2010年11月20日 11:31に投稿されたエントリーのページです。

ひとつ前の投稿は「1103 子供たちの茅葺き」です。

次の投稿は「0624 苫編み」です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。

Powered by
Movable Type 3.38