茅葺き現場日誌@武相荘」カテゴリーアーカイブ

0124 竣工/武相荘の屋根の意匠

 

最後の最後に、軒のラインが真っ直ぐになるようにハサミを入れます。
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軒の仕上げは、まず表(上側)を軒の厚みを揃えて刈り、次いで裏(下側)を高さを揃えて刈り落とします。
これで軒のラインは水平な直線になるはずですが、実際には自然素材である茅は一本ずつが隙間を持ってランダムに配置されているので、茅一本分のでこぼこが残ります。

その細かな凹凸をハサミで直線にこそげとることで、縁先から見上げた時に軒先が真っ直ぐ通った屋根になります。
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もちろん、あまり深くハサミを入れて軒先の角度が甘くなると、屋根を流れて来た雨水が軒先で切れず、軒裏に伝ってまわり込むようになるので、切り揃えるのは茅一本以内の厚みで、切るか切らないかという加減でなければなりません。

武相荘の建物は、この土地が鶴川村であった頃からここにあった農家だそうですから、武蔵野の地の文化に配慮して棟や軒周りの意匠は関東の屋根のそれを踏襲するように努めました。
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一方で、建物自体が凍結保存の求められる建築史的な意味での文化財建造物ではなく、そこで営まれてきた暮らしの方に意義のある建物でもありますから、単に昔のやり方をなぞるだけではなく、美山の職人としてのこだわりも存分に発揮させて頂きました。

四隅のコーナーや軒のラインを、見た目に直線となるように仕上げることや、わずかに起り(ムクリ)をつけて屋根表面を平面に仕上げることなどで、我々の仕事を評価して依頼して下さったお施主さんのご期待に応えるためにも、建物の属する地域文化への敬意と職人としてのこだわりのバランスを取っていくことが、この屋根を葺いて行く中での大きなテーマでした。
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それが上手く行ったかどうかは、ぜひ武相荘を訪ねて皆さんご自身の目で確かめてみて下さい。

まだ、建物の裏手では大工さんの作業が残っているようですが、表側の足場は週明けにも外されて、新しくなった屋根を庭とともにご覧頂けるようになるはずです。

0122 刈込み(軒刈り仕上げ)

最後に軒裏を刈り落として茅葺き屋根は完成です。
茅葺き屋根は台風の強風や雪の荷重といった、全体にかかる圧力にはかなりの程度耐えますが、部分的に力が加わると変形しやすいので、仕上がった屋根にハシゴをかけたり踏んだりすることはご法度です。
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ですから、軒を仕上げたらもう屋根に登ることは無いように、上から足場を外しつつ刈りながら下りて来て、最後に軒を刈り落とすのがセオリーですが・・・・
まだ足場が残っているのに軒を刈っているのは、棟上げ式の都合で屋根の足場を外せなかったためです。

でも、大丈夫。屋根は4面あるので別の面から上り下りできますし、軒刈りは一発勝負の仕上げと言いながら、建物の裏側なら多少の失敗であればリカバリーも可能です。
と、いう訳で、ワカモノ達も先輩に混じって軒刈り。実戦を通してしか仕事は覚えられませんから。
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茅葺きの際に出るゴモクは有機肥料や天然マルチとして最高なので、お茶の栽培が盛んな地域であったりすれば、近所の農家の方々が軽トラの列をなして取りに来られます。
特に「すさ」になった刈りくずは使いやすくて重宝しますよ。

ところが昨夜に久し振りのまとまった雨が降ってしまい、雨を含んだ刈りくずは普通のゴモクよりも細かいだけに、格別重くなってしまって掃除は大変です。
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きれいに刈込まれた屋根は水はけも良く、朝日が当たると湯気を上げてたちまち乾いて行きます。
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ただ積まれただけの茅は雨に打たれれば芯まで濡れて、日光にあぶられても簡単に乾くことがありませんが、同じ材料が屋根に葺いておくと雨が染むことも無く常に乾いています。
当たり前のことなのですけれど。

さて表側の軒は腕利きの職人を揃えて、こちらは本当に一発勝負で刈り落としました。
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表の軒は家の顔ともいえるところで、地面からも近く良く見えますから、手直しの跡を残したりする訳にはいきませんので。

0118 刈込み仕上げ/屋根鋏の話

棟上げの式もすんで、本格的に刈込み仕上げに入ります。
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棟の方から順番に足場を外しつつ、軒の方へ向かって下りながら専用のハサミで屋根の表面を刈込み、整えて行きます。
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刈り揃えることで屋根の細かい凹凸を無くし茅そのものの断面も整えて、見た目に美しく水はけの良い、丈夫な屋根に仕上げます。
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しかし、それは茅の最も丈夫な根元の部分を捨ててしまうことにもなりますから、あくまでも刈り取るのを最小限に留められるように、葺いて上がって行く段階で屋根の平面がきれいに出来あがっていることが大切です。

刈り揃えた茅の断面がシャープに保たれるように、刈込みハサミは日に何度も研いで切れ味を保ちます。
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切れないハサミは体の負担になり集中力を切らすばかりではなく、刈る時に茅を潰すようなハサミでは、刈込みをする意味がありませんから。

ハサミは茅葺き屋根用に専用のものを、鍛冶屋さんに特注して打ってもらいます。
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用いる屋根の部分や用途によって大きさやかたちの異なる何本かを使い分けます。
さらに職人各自がそれぞれに使い易いよう工夫し注文するので、武相荘のような現場には様々なかたちのハサミが集まります。

しかし、現在この屋根ハサミを打って下さる鍛冶屋さんが少なくなってしまっています。
僕の弟子入りした十数年前には、美山の周りにも屋根ハサミを打てる鍛冶屋さんが何軒かありましたが、次々と廃業されてしまい、今では熊本と新潟に一軒ずつの鍛冶屋さんに頼っています。
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もともとハサミは2枚の刃物を組み合わせる手間がかかるうえ、職人の使う専用の道具は市場も小さくたいしたもうけも見込めないのに、口やかましい顧客ばかり相手にすることになりますから、余程腕に覚えのある(そして口は悪くとも心優しい)鍛冶屋さんでなくては、手を出すのをためらうのも仕方の無いことだとは思いますが。

茅葺きに限らず伝統的な技能の世界では、担い手の職人がいなくなる前に、職人の使う道具をつくる職人がいなくなるのではないかと、とても心配しています。

0115 棟上げ

神戸の茅刈りから戻ってみると、武相荘の棟は仕上がっていました。
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棟の端に草書体で彫り込まれた「水」の文字は、火伏せのおまじないです。

反対側の端には縁起の良い「寿」を。
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文字は茅をハサミで刈り込んで刻み、内側を黒く塗っています。

関西の場合入母屋の破風(ハフ=煙出)に意匠を凝らし、縁起の良い文字や家紋もそこに飾ることが一般的なので、茅に直接文字を彫ることはまずしません。
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これは、美山の屋根。

破風の無い寄せ棟の屋根が多い関東では、棟そのものをにぎやかに飾る技術に見事なものを見ることができます。
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筑波の「クレグシ」など技術として見事の一言で、職人として挑戦してみたい誘惑にも駆られますが、武相荘では葺き替え前の棟のデザインを踏襲して控えめに。

午後にお坊さんをお迎えして棟上げ式が執り行なわれました。
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工事中で立ち入り禁止だった作業足場の上にお供えが並べられて、関係者の方々も上ってこられました。
みなさん真っ直ぐ屋根に近づいて行って、まず触ってみます。

やっぱり触ってみたいですよね。
足場が外されたらもう触ることも近くで見ることもできなくなりますから、この機会に撫でてそれから上ってもみて、屋根と親しくなっておいて下さいね。
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棟上げのお祝いにお呼ばれして、お酒と会話に気持ち良くなるまで酔っぱらってしまいました。
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武相荘が多くの人達から大切にされていることを、あらためて深く胸に刻んだ一日でした。
そんな建物の屋根を葺かせてもらえるのは、職人としても本当にありがたいことです。

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0113 棟収め

この冬はじめて、うっすらとですが霜が降りました。
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足場丸太が凍って地下足袋が辛くなる、いつもの冬がうそのようです。

棟まで葺き上げた屋根の、表裏の高さを揃えて棟を積むための基礎を揃えます。
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表裏の押さえ竹の高さは、両方の竹を足で踏んでみて、人間の平衡感覚をたよりに確認します。
茅を抜いたり差したりしながら、屋根の表面から押さえ竹までの深さも勘案しながら調節します。

棟と平行に(つまり今まで葺いて来た茅と直行する向きに)茅を棟のかたちに積み上げます。
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最後の押さえ竹から針金をとってカマボコ型に締め上げて、棟のかたちをを整えます。
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関西のように三角に高く積み上げず関東風の丸く低い棟ですが、それでも一度に積み上げるのではなく何回かに分けて全体が均等にしまるようにします。

棟の基礎が水平でなかったり、棟そのものが上手く積まれていなければ、時間とともに棟が歪んだり傾いたりしてしまうことになります。

棟の端から茅がこぼれるのを防ぎ意匠としても目につく「マキワラ」を、水海道の坂野家に続いて丁稚サガラが制作しました。
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数をこなして関東風のマキワラつくりでは、関西の職人では一番の腕前になったかもしれません w

棟の中身となる「荒棟」が積み上がりました。
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この上に風雨から棟、さらには屋根全体を守るための杉皮と瓦を被せて養生し、仕上げます。

0110 古茅で庭つくり

年が明けて、ようやく武相荘の雑木林も裸となりました。
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すっかり葉を落とした林の枝越しに見る、冬晴れの空の青の清々しさ。

武相荘には葺き替えで生じた古茅を、堆肥として活用する畑はもうありません。
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古茅は丁稚のワカモノたちが、茅運びの合間を縫ってカブトムシの幼虫と一緒に、竹薮にきれいに敷きつめました。

個人的な好みなのですが、人間が型にはめたような作為的な公園には落ち着けない一方、全くの成り行きに任せたままの自然には「荒んだ」印象を覚えてしまいます。
自然とともにある人の営みが、積み重ねられてできたような風景が好きです。

僕としてはこの竹薮は、古茅=建築廃材(ゴミ)が捨てられる前より「美しく」なったと感じるのですが、いかがなものでしょうか。

さて、葺き上げ作業の方はまもなく終了の見込みです。
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毎度のことながら棟まで葺き上がってみると、毎日少しずつの作業の積み重ねでこれだけ大きなものが出来たものだと、あらためて我ながら感心してしまいます。
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作業は終盤のヤマ、棟収めへと続きます。

0107 仕事初め

(遅くなりましたが)
新年明けましておめでとうございます。

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今年はシーズンにはウミガメの上がる海南の浜で、随分久し振りに初日の出を拝んできました。

さて、武相荘の現場初めは、昨日いきなりの嵐で水を差されてしまいました。
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他の現場の都合で2人抜けて1人加わり、少しチーム編成が変わりましたが、今日から新しい年の仕事が始まりました。

葺き上げもそろそろ後半に差し掛かっています。
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今年も事故など無いようにして、良い屋根を葺いて行きたいものです。

1227 葺き上げ工程

最後に残っていた古屋根も全て取り払い、あとは棟まで葺き上がって行くばかりです。
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日々ひと針ずつヨシを並べては止める作業を繰り返して、ここまで葺き上がって来ました。
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ヨシの葺き上げ工程は藍那里山公園の交流館の現場で詳しくご紹介していますが、あらためてざっとした流れを。

ヨシは滑りやすい素材なので、滑り止めに板を立ててから並べます。
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真っすぐに並べられるように捌かなければいけないのはもちろんですが、ヨシを屋根に置く勾配が立ちすぎたり寝すぎたりせず適切な勾配を保つように、長さや太さの微妙に異なるヨシを使い分けていくのが難しいところです。
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丸太で仮止めしてから板を外し、叩き揃えて屋根のかたちに整えます。
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押さえの竹を屋根裏に入った人と共同作業で、下地の垂木に縫い止めて茅を固定します。
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この作業を繰り返して葺き上がって行きます。

本日で年内の作業はひとまず終了です。
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しっかりと雨養生して現場の掃除をしてから、お正月の準備に関西に帰りました。

1224 軒のかたちを変える

今回の葺き替えでは隣接棟の2階増築によって、一部の軒に改修が必要となっていました。
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増築された2階の壁が茅葺き屋根の軒に接してしまっているため、雨仕舞いが不自然なことになってしまっています。

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また、このように軒先に体を入れて作業するスペースが全くないと、そもそも葺き換えること自体ができません。

屋根の形状を変更するためには、それに合わせて下地を作り直す必要があります。
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破断したスミレンの補修に合わせて、問題の部分の軒下地にも手を入れます。

隣接棟に接する部分の軒を切り上げて、空いたスペースに雨水を受ける樋を設置します。
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簡単な下地補修なら我々屋根屋で済ませますが、このような作業には大工さんの手を借ります。

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茅葺きの軒下地も樋の高さに合わせて変更します。

さらに板金屋さんに仕上げてもらって、新しい軒を付け直します。
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これで茅葺き屋根からの軒垂れが、手前の下野庇に速やかに排出されるようになりました。

隣接棟とのあいだに充分な隙間を設けて、新しい軒が取り付けれれました。
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茅葺屋根は時間が経つとその形状が変わって行きますので、それを見越して後々問題が生じることの無いようなデザインにしておかなければなりません。

1221 棟の解体

歪んだ現状の棟は、屋根を葺いて行くにあたっての目標を過たすので、撤去してしまうことにしました。
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正しい下地の棟木とスミレンの位置を確認しておかないと、最後になってとんでもないことにもなりかねませんので。

今年になってから鎌倉や茨城で何回も見て来た、瓦で収めたタイプの関東の棟です。
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何故か最近この棟に縁があります。

でも、何となく感じが違うな、と思っていたら、瓦の下の養生に引かれたガルバリウム板を剥がすと、潰したヨシが積まれていました。
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おそらく琵琶湖産のヨシで、屋根全体に差し茅されていたヨシと同じものです。
つまり差し茅の際に棟も傷んでいたので、どうやら滋賀の職人さんによって、関東風に似せて積み直されていたようです。

正しい葺き止めの位置を確認して、あらためて安心して屋根葺きに専念できるようになりました。
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武相荘もそろそろ冬枯れの景色となりつつあります。
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それでもなお、毎日尽きることなく落ち葉が舞い落ちて来ます。

葺きかけの屋根にもすぐに積もってしまいます。
乾いているから良いようなものの、大量の濡れ落ち葉が張り付いたいりすれば、もちろん屋根の寿命に良いことはありません。
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まあ、でも、葺いて行くあいだに関しては、雪が積もるよりはずっとましですけれど。
美山なら例年この時期になると、雪かきしながらの屋根葺きを覚悟しなければならなくなりますので。
今年はまだ一度も屋根に霜も下りていないし、暖かいなあ。