最後の最後に、軒のラインが真っ直ぐになるようにハサミを入れます。
軒の仕上げは、まず表(上側)を軒の厚みを揃えて刈り、次いで裏(下側)を高さを揃えて刈り落とします。
これで軒のラインは水平な直線になるはずですが、実際には自然素材である茅は一本ずつが隙間を持ってランダムに配置されているので、茅一本分のでこぼこが残ります。
その細かな凹凸をハサミで直線にこそげとることで、縁先から見上げた時に軒先が真っ直ぐ通った屋根になります。
もちろん、あまり深くハサミを入れて軒先の角度が甘くなると、屋根を流れて来た雨水が軒先で切れず、軒裏に伝ってまわり込むようになるので、切り揃えるのは茅一本以内の厚みで、切るか切らないかという加減でなければなりません。
武相荘の建物は、この土地が鶴川村であった頃からここにあった農家だそうですから、武蔵野の地の文化に配慮して棟や軒周りの意匠は関東の屋根のそれを踏襲するように努めました。
一方で、建物自体が凍結保存の求められる建築史的な意味での文化財建造物ではなく、そこで営まれてきた暮らしの方に意義のある建物でもありますから、単に昔のやり方をなぞるだけではなく、美山の職人としてのこだわりも存分に発揮させて頂きました。
四隅のコーナーや軒のラインを、見た目に直線となるように仕上げることや、わずかに起り(ムクリ)をつけて屋根表面を平面に仕上げることなどで、我々の仕事を評価して依頼して下さったお施主さんのご期待に応えるためにも、建物の属する地域文化への敬意と職人としてのこだわりのバランスを取っていくことが、この屋根を葺いて行く中での大きなテーマでした。
それが上手く行ったかどうかは、ぜひ武相荘を訪ねて皆さんご自身の目で確かめてみて下さい。
まだ、建物の裏手では大工さんの作業が残っているようですが、表側の足場は週明けにも外されて、新しくなった屋根を庭とともにご覧頂けるようになるはずです。