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0630 Long straw

茅というものは普通、モト(根本)とスエ(穂先)をきちんと揃えて束ねられていなければ、屋根に葺く材料としては使いものになりません。
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しかし、棟のてっぺんをカバーするラップオーバーは、表裏に均等の厚さで被せるためにも、あえてモトとスエが半分ずつ混ざった、両端の太さが対称の小麦ワラの束を使います。

これをロングストロー(long straw)と呼び、現在のイギリスでは最も伝統的なスタイルの茅材とされています。
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我々のイメージする普通の麦ワラがウィートリード、小麦ヨシと変な名で呼ばれ、このくしゃくしゃのゴモクのような束にストロー、藁という名が付けられているのは、かつてのイギリスでは脱穀後に手に入るムギワラは、こんな形になっているのが普通だったということです。

それはこのバスほどもある大きな脱穀機スラッシャー(thresher)が使われていたからです。
収穫された小麦の束をスラッシャーに放り込むと、内部では大きな金属製の刃が回転していて、かき回されたところにふいごで風を送ると、ワラは吹き飛ばされて実だけが下に落ちて行く仕組みです。
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当然、ムギワラは上も下もごちゃまぜに吹き寄せられてしまっています。これを使って屋根を葺くために工夫されたのが、ロングストローという素材であり技術です。

ロングストローで葺かれた屋根は、小麦の穂先が屋根表面に現れてふわふわした感じで、一見逆葺きのようにも見えますが、屋根面をかたちづくる半分はムギワラの根本側な訳ですから、そこそこの耐久性はあります。
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ところで、大掛かりな機械による脱穀で得られる材料を、「伝統的な」と言われても納得し難いかもしれませんが、実際継ぎ足し継ぎ足しで百年以上経った古い屋根をめくってみると、全てロングストローで葺かれていることが確認されています。
近世のイギリスでは荘園での大規模農業が主流になっていたということでしょうか。
スラッシャーも今はトラクターから平ベルトを引いて駆動させていますが、以前はベルトの先には蒸気機関が、さらに以前は馬が繋がれて動かしていたそうで、歴史のある機械なのです。

今回現場に持ち込んだ材料はウィートリードだけなので、ラップオーバー用に簡易ロングストローをつくりました。
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このようにばらばらにほぐしておいてから、あらためて束に括ると穂先と根本が均等に混ざり合います。そのとき、束の太さにムラが無く両端だけ少し細くなるように束ねてやると、棟に被せるのに具合の良い材料になります。

こうしてスカートとラップオーバーを組み合わせた棟の材料を配置し終わりました。
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日本では茅葺き屋根は下から上へと葺いて行きますが、イギリスの葺き方だと横へ横へと葺いて行くので、日本のような吊り足場が必要なく、ハシゴをかけて作業して行きます。

0626 Wheat reed

棟の材料としては小麦ワラが一般的で、ほかにスゲの仲間(セッジ.sedge)なども使われます。
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今回使うのも小麦ワラ。これは茅屋根葺き専用に栽培されている古い品種です。
品種改良が進んで小麦の収穫量の多い現代の品種は、その分ワラが短くなってしまっているからで、日本でもコシヒカリのワラは短く弱いので、しめ縄造りなどを専門にされる方は、酒米などやや古い品種を育てている農家さんからワラを集めるそうです。同じことですね。

茅葺き材料としては「ウィートリード(wheat reed)」と呼ばれています。
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わざわざ「ヨシっぽい小麦ワラ」という名がつけられているのは、イギリスで伝統的に茅屋根材として用いられて来た小麦ワラは、これとはかなり違った形をしているからです。
それについては追々ご紹介したいと思います。

古い棟を撤去してから新しい棟を被せて行きます。
置き並べた茅を押さえて止めた上に、次の茅を置き並べて押さえたところを隠す。これを繰り返し葺いて行く茅葺き屋根にとって、それ以上茅を置けなくなってしまう屋根のてっぺんをどう隠すか?そのための創意工夫が「棟」な訳です。
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弱点を雨水から隠すために、棟は屋根表面から段を付けて厚くしておく必要があります。
段を付けるために根本を下向きに取り付けるのが「スカート(skirt course)」。
その上に厚みを均等にするため根本を上向きに取り付けるのが「セカンドコース(second course)」。
それら全体を包み込んで一体化するのが「ラップオーバー(wrap-over)」。
棟の断面が三重になっているのがわかるでしょうか?

ウィートリードはあらかじめ充分に濡らしておいてから使います。
茅材は濡らしたまま放置すると黴びて腐って使えなくなりますが、屋根の一部になってしまえば茅屋根は通気性に富んでいますから、葺く直前に濡らす分には、屋根の上で乾く目処があるなら問題ありません。
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濡らすことでしなやかになり下地の茅屋根に密着し、小麦ワラ同士も隙間が少なくなり、乾いた後で目の詰んだ棟になります。

セカンドコースは裏表の茅材がてっぺんで突き合うように置きます。
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スカート、セカンドコースを固定するために日本のような押さえ竹を通していないので、まずスカートを端から端まで並べて固定し次にセカンドコース、では無く、ハシゴから手の届く範囲でラップオーバーまで仕上げてしまってから横に移動して行きます。

スカートなどを固定しているのは、ハシバミ(hazel)の若木を裂いて両端を尖らせU字に曲げた杭。
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スパー(spar)と呼びます。

スパーは折り曲げてあるのではなく、捻って曲げてあるので木の繊維が切れておらず、U字に曲げて茅屋根に差し込むと内部で真っ直ぐに開こうとして抜けなくなり、しっかりと効きます。
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ただ、細く裂いた若木とはいえ木材を「捻る」のは大変です。
8年振りの僕は何とかコツは思い出したものの、ひどい肩こりと血豆をこさえながらの作業でした。

0623 Ridge

10年ほど前に美山町の茅葺き民家が、イギリスから招かれたロジャーさんという職人によって葺き替えられたことがありました。
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母国では茅葺きの学校で若い職人を指導している彼を少し手伝ったことが縁となり、その学校で半年間の研修に参加する機会に恵まれました。

ロジャーさんの家に下宿しながらのイギリス滞在は、技術の習得のみならず職人としての視野を大きく広げてくれました。
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そのロジャーさんから「Japanese Templeの屋根を葺くから」と呼び出されたので、慌ただしくイギリスまで出かけて来ました。

茅葺きといえどもその工法などに合理化の進む西欧圏において、イギリスの茅葺き屋根は地域毎に異なる葺き材や華麗な装飾の棟収めなどに、古来の豊かな地域性を残す点で特徴があります。
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ロジャーさんの葺き替えたイギリスの茅葺き古民家。

例えばオランダでは、エコロジカルな高級仕上げ材として茅葺きは人気があり新築も盛んですが、その棟収めは専用に作られたタイルによる簡便なものにほぼ統一されています。
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新築の茅葺き住宅が建ち並ぶオランダのニュータウン。

今回の現場は日系の仏教センター。ロンドン郊外の住宅地に建つ戸建て住宅の裏庭に、枯山水のお庭とそれを眺める茅葺きの四阿がありました。
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これは竣工写真です。
昔ながらの工法によるイギリスの茅葺き屋根の棟は、屋根そのものに比べて耐久性に劣るので、葺き替えを待たずに棟だけ積み直す必要があります。
京北に続き9000km離れたところでまた棟替えという訳です。

0619 棟上げ

杉皮を被せて「カラミ」と呼ぶ角材で押さえ、カラミをウマノリで挟むようにして棟の養生とします。
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最後に「ユキワリ」と呼ぶ丸太を、ウマノリの上に意匠的なバランスを取るために載せます。

足場を外して刈り揃えたら完成です。
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棟やケラバは良く目につくところだけに、機能的的な低下がそれほど進んでいなくても、今回のようにお施主さんの意向で手直しすることもあります。
屋根全体の印象がすっきりしたのではないでしょうか。

0615 棟の段取り

反対側の屋根のケラバも差し茅で手直しし、棟もあるべき高さにまで積み増しました。
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棟の高さは減ったというより、元々少し低めだったようです。

杉皮の下には「ひしゃいだ」(潰した)ヨシが敷かれていました。低めの棟とともに近江の茅葺き屋根に見られる特徴です。
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屋根を葺いている茅材も全て琵琶湖のヨシのようですし、前回は滋賀県の職人さんが京北のスタイルに合わせて葺かれたのではないでしょうか。

棟飾りの材料を段取りします。ウマノリを刻むのも屋根屋がやります。
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雨風に曝されるウマノリには栗の木が最適です。
栗は傷んで細くなっても最後まで芯は残ります。輸入木材など用いると見た目はしっかりしているようでも内部から腐って空洞化し、突然落ちて来ることもあり注意が必要です。

0611 棟替え

美山に戻って来て、隣町の京北(京都市右京区旧京北町)のお宅の屋根修理に伺います。
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棟が傷んでいるので積み直し、ついでにケラバもエッジが立つように直してほしいとのことです。

ハシゴをかけて屋根を間近に見てみると、ケラバの近くでは屋根表面に銅線がたくさん表れています。
「捨て縄」と呼ばれる技法で、押さえ竹より外側、屋根の表面から浅い位置で、針金や銅線、麻縄などでかきつけてあります。
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こうすることで屋根表面は目の込んだ仕上がりになりますが、茅葺き屋根は隙間があるからこそ細い茅材一本一本の表面張力が釣り合い雨が漏らないので、強くかきつけて隙間が無くなると雨の染み込みやすい屋根になる懸念もあります。

棟の雨養生の杉皮も厚みが充分ではなかったのか、穴の開いた箇所から棟の中にも雨が入り込んでいます。
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ウマノリはその重量で杉皮を押さえています。
最近の美山ではウマノリで棟を挟むようにして止めているので、載せているだけのこの屋根の収め方は、形は同じでも美山の屋根とは工法としては全く異なることになります。

重くて耐久性のある栗の木で作られたウマノリを、高い屋根の上から上げ下ろしするのは危険な作業。
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焦らず慎重に行います。

棟飾り(単なる飾りではありませんが)の材料は全て撤去しました。
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手前側の屋根のケラバは、始めに差し茅で直してあります。

0605 竣工

雨上がりの池に睡蓮の花が咲きました。
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富山の現場からスギヤマさん達にも応援に駆けつけてもらって仕上げに入ります。

差し茅で棟に馴染ませたら一気に刈り落として完成です。
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後半雨にたたられたりしましたが、おかげさまで何とか工期内に仕上げることができました。
泊まりの仕事は経費の計算など胃の痛くなることも多いのですが、知らない土地に縁が出来るのは楽しいことでもあります。今回も新たな人や屋根との出会いに恵まれました。

0603 縄の手繰り方(ロープワーク)

また雨降りですが、竣工間近で待機もしていられないので、富山県のスギヤマさんの現場まで手伝いに来ました。
こちらの現場は素屋根で覆われているので雨の日に人材を振り向けておいて、雨が上がったら今度は小松に来てもらおうという魂胆です。
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北陸には竹が少ないからでしょうか。太い丸太同士を縄で括った屋根下地なので、茅葺き屋根の小屋組の構造が良くわかると思います。

茅を屋根に固定する押さえ竹を、屋根裏のレン(垂木)に縫い付けるのも針金ではなく縄を使っています。
針金だとトックリ結びで締めることができますが、滑りの悪い縄はそうはいかないので、男結びでとめるためにまず2重巻きにする必要があります。
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以下、その方法です。

まず、屋根用の針に縄を通してレンの際に差し、屋根裏の人に掛け替えてもらって縄をレンに巻くのは針金と同じ。
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一回巻いただけだの縄を引っ張っても押さえ竹を締めつけることができないので、2回巻きにします。

長い方の縄のヨリを緩めて、短い方の縄の先を挟みます。
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短い方の縄を少しずつ引っ張ると、2本の縄がレンに向かって屋根に吸い込まれて行くことになります。
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この時、縄が絡まると後で上手く締まらないので、左手を添えて2本の縄が平行になるようにしてやります。

引っ張り続けると挟んだ縄の先がレンを廻って戻って来ます。
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挟んでいた短い縄を抜けば、レンに縄を2重巻きに出来ました。

2本の縄それぞれを右手と左手に持って引っ張りつつ、竹を足で踏んで締め付けます
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締め付けたまま男結びで止めてしまいます。
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僕の修業時代には美山でも縄だけを使っていました。懐かしいです。
価格的に針金の方がはるかに安価で、施工性も良いので最近では針金ばかりになっています。
冬の寒い時期にワラ縄を使うと、ワラに皮脂を奪われてあかぎれになったりしましたが、それでも個人的には縄の方が好きです。