茅というものは普通、モト(根本)とスエ(穂先)をきちんと揃えて束ねられていなければ、屋根に葺く材料としては使いものになりません。
しかし、棟のてっぺんをカバーするラップオーバーは、表裏に均等の厚さで被せるためにも、あえてモトとスエが半分ずつ混ざった、両端の太さが対称の小麦ワラの束を使います。
これをロングストロー(long straw)と呼び、現在のイギリスでは最も伝統的なスタイルの茅材とされています。
我々のイメージする普通の麦ワラがウィートリード、小麦ヨシと変な名で呼ばれ、このくしゃくしゃのゴモクのような束にストロー、藁という名が付けられているのは、かつてのイギリスでは脱穀後に手に入るムギワラは、こんな形になっているのが普通だったということです。
それはこのバスほどもある大きな脱穀機スラッシャー(thresher)が使われていたからです。
収穫された小麦の束をスラッシャーに放り込むと、内部では大きな金属製の刃が回転していて、かき回されたところにふいごで風を送ると、ワラは吹き飛ばされて実だけが下に落ちて行く仕組みです。
当然、ムギワラは上も下もごちゃまぜに吹き寄せられてしまっています。これを使って屋根を葺くために工夫されたのが、ロングストローという素材であり技術です。
ロングストローで葺かれた屋根は、小麦の穂先が屋根表面に現れてふわふわした感じで、一見逆葺きのようにも見えますが、屋根面をかたちづくる半分はムギワラの根本側な訳ですから、そこそこの耐久性はあります。
ところで、大掛かりな機械による脱穀で得られる材料を、「伝統的な」と言われても納得し難いかもしれませんが、実際継ぎ足し継ぎ足しで百年以上経った古い屋根をめくってみると、全てロングストローで葺かれていることが確認されています。
近世のイギリスでは荘園での大規模農業が主流になっていたということでしょうか。
スラッシャーも今はトラクターから平ベルトを引いて駆動させていますが、以前はベルトの先には蒸気機関が、さらに以前は馬が繋がれて動かしていたそうで、歴史のある機械なのです。
今回現場に持ち込んだ材料はウィートリードだけなので、ラップオーバー用に簡易ロングストローをつくりました。
このようにばらばらにほぐしておいてから、あらためて束に括ると穂先と根本が均等に混ざり合います。そのとき、束の太さにムラが無く両端だけ少し細くなるように束ねてやると、棟に被せるのに具合の良い材料になります。
こうしてスカートとラップオーバーを組み合わせた棟の材料を配置し終わりました。
日本では茅葺き屋根は下から上へと葺いて行きますが、イギリスの葺き方だと横へ横へと葺いて行くので、日本のような吊り足場が必要なく、ハシゴをかけて作業して行きます。