相模原に来て2週間以上が過ぎています。冬枯れ姿だった現場を取り囲む河岸段丘林にも微かに色が差してきました。
足下にはアサツキの細い葉が長く伸びています。
お手伝いしてくれていた学生たちも帰ってから、お天気が悪いのと、僕の段取りが悪いのとで、なかなか捗りませんでしたが、職人さんたちの助けを得て徐々に現場が加速して来ました。
飛騨かやぶきのスギヤマさんたちが戻って来て、2棟目の屋根下地もネソで組んで下さいました。
2棟目は、「土葺き」です。
大量の草を使う茅葺き屋根は、肥料として草を大量に生産し利用する営みの中で発達して来ました。本格的な農耕が始まっていない縄文時代には、苦労して草を刈って大量の茅を集めても、葺き替えの際に古茅を肥料として利用する訳でもないので、草や樹皮を薄く敷いた上に土を被せて済ましていたのでは、ということです。
実際に樺太アイヌのチセとして、そんな土饅頭のような室を住居として利用されていたことも確認されています。
断熱効果の高い土の家は、寒い季節には意外と住み心地が良かったのかもしれませんね。
下地を組んだネソはマンサクの若木です。水に浸けて長いこと待たせていたので、雑木林に春の訪れを知らせる黄色の花を咲かせてしまいました。