丹後の現場に入ったばかりでしたが、冷たい雨に降られて一旦美山に退却して来ました。
夜には花寒から春の嵐へと。雹に降られると自宅のトタン小屋は寝ていられません。
美山ではコブシが花盛り。タムシバかもしれませんが、見分けられません。
これから新緑までの一ヶ月間、山は日々移り変わる一年で最も賑やかな色彩を楽しませてくれます。けれど今年も現場泊まり込みなので、美山の春はおあずけです。
さて、再開した現場では軒付けが順調に進んでいますが、押さえの竹を下地のレン(垂木)に縫い止める工程で少々問題が発生しました。
押さえの竹を止める縄(or針金)は、大きな屋根葺き用の縫い針を突き通して、屋根裏に入った人に取ってもらう(「針取り」と呼びます)のですが、旧永島家住宅の屋根裏は、郷土資料館に付属している収蔵庫として使われていて、収集された民具が溢れかえっているのです。
屋根裏に入らずに縫い止める方法もあるのですが、僕としては作業効率と精度の両面から、針取りをするのが一番良いと思っているので、できることならばそれでやりたいところです。
と、いうわけで丁稚サガラには苦労してもらうこととなりました。
民具を片付けるにも文化財だけに手荒には扱えず、しかし中には触っただけで壊れそうなくらい劣化したものもあり、何とか造ったわずかな隙間に体を潜り込ませての作業です。
茅葺き屋根の屋根裏は家の中で火を焚いていた時代には煤だらけで、大事なものをしまっておける場所ではありませんでした。しかし、毎年刈り貯めた茅を収納するには、煙たいということは乾燥して虫がつくこともないので、かえって具合が良かったのです。茅が屋根裏一杯に詰まっていても、葺き替えの際には外へ運び出されますから、それは針取りの邪魔になることもありません。
火を使わなくなったことで天井が貼られ、屋根裏が物置になったり居室に改装されたりするようになりました。
針取りがやりにくいだけならばまだ良いのですが、それが茅葺き屋根の寿命に悪い影響を与えるようなことはありはしないかと、少し気になっています。
美山にはコブシはなくて、タムシバだという話を聞いたことがあります。
タムシバの花びらを茶碗にいれて熱湯を注ぐとさっぱりとした「お茶」が出来ます。
でも、山の中まで花を取りに行くのが大変です。
河野啓介 さん、ご教示ありがとうございます。
タムシバという名前を知ったのもつい最近図鑑の中で、ずっとコブシだと思っていました。
見た目に変わらないようでも、きっちり棲み分けがされていて、それぞれ別の名前を持っているように、植物ともっと親しく接していた昔の人はそれらをきちんと区別していたのですね。
ヨシとオギの棲み分け方とか思い出しました。
タムシバのお茶、来春には一度試してみたいと思います。
タムシバという名前を初めて聞きました。
コブシに似ているんですか〜調べてみます。ありがとうございます。
屋根裏の話、なるほど・・そうなのか〜と思うことばかりです。現場に入った人しかわからないご苦労ですね。奮闘ぶりが涙ぐましく、また誇りをもって、その現実と向かいあいながら対処できる確かな知識と知恵をもたれていることに、頭が下がります。
とまとん さん、コメントありがとうございます。
僕も昨年までは全てコブシだと思っていました。
コブシが良く咲く年は豊作だとか。今年も秋にはお米が余ってしまうのでしょうか。でも、タムシバならその限りではないかも・・・
民家のかたちは使われ方の変化に合わせて変わって行くのが自然だと思っています。ただ、現在では社会の変化に民家がついて行けていない面が多々あるので、より良いかたちに収まるためにお手伝いできることを、日々の仕事の中で走りながら考えていくしかないです。
タムシバ、の件ですが、美山というか少なくとも知井地区では、厳密な区別はなく、みんな「コブシ」と呼んでいます。
実はコブシではない、と知っていて「コブシ」と呼んでいる人も多い。
「タムシバ」はあまり知られていません。
>実はコブシではない、と知っていて「コブシ」と呼んでいる人も多い。
僕も美山でタムシバという名前を聞いたことがありませんでした。
桜より一足先に春の訪れを知らせ、花のつきで秋の実りの豊凶を占う、という「用途」が同じなら、コブシもタムシバも区別する必要は無かったということなのでしょうか。
だとすると、少々乱暴ですが、葉っぱを確認して区別する植物学者にとっては別の種であっても、里で暮らす人にとっては、タムシバもコブシ地方名で同じものだったと言ってしまっても良いのかもしれませんね。
コブシ茶、魅力的なのですが、やはり山の尾根近くまで取りに行くのは大変で・・・