美山の僕の暮らす集落では、毎年9月1日に八朔のお祭りをします。
八朔は旧暦の8月1日ですが、なぜか古い時代から9月にしているそうです。
この日は朝から集落総出で林道に繁った夏草を刈り取って整備し、夕方を待ってお堂に祀られているお地蔵さんにお経を上げてから皆で持ち寄った料理を頂き、夜には盆踊りです。
盆踊りのやぐらは、「村の若い衆」で協力して準備します。ですからこの日は毎年みんな仕事は休みをとります。
同じ集落で暮らしていても、普段は皆さん朝早くから車で仕事に出かけられて、帰って来るのも(僕のような仕事のものを除けば)夜遅くになりますから、なかなか顔を合わす機会がありませんので、お祭りや日役のような村の行事はとても大切です。
「茅葺きの里」美山町ですが、茅葺きのままの地蔵堂を持つ集落は、わずか数カ所にまで減ってしまいました。
ここ数年は、お年寄りの方々が暗くなってからお堂まで上がるのが大変だということで、盆踊りを国道沿いのゲートボール場横広場で行っていましたが、当のお年寄りの間から「やっぱりお堂でないと」という声が上がって、久々に自慢の茅葺きのお堂を前にしての盆踊りとなりました。
ちびっ子たちも、金魚すくいをしたりかき氷を食べたりしたのが、茅葺きのお堂に集まってのものだったかどうかというのは、将来想い出となったときの深みが全然違うと思います。
街中の団地なんかでも地蔵堂を建てて盆踊りをしたりしていますが、小さな地蔵堂をみんなで集めた茅で葺いて、小さな茅葺きにしてしまったりするのはいかがでしょうか?
昨年、美山でこの神社行きました!
なつかしいなぁと思いとそんな大切な場所だったんだとうれしくなりました。
小さな地蔵堂、茅葺きでしたら、本当にかわいいですね。
日本中のどこでも、そんなものがあったら、
ほっこりとした気持ちになりそうです。
先日、レイモンド(分かります?デザイン大学と書いてあったので。。12角形の中央に暖炉がある建物です。古い雑誌とかに時々のっています。)の軽井沢の新スタジオにご好意で訪れることができました。今は、鉄板葺きの屋根でしたが、建設当時、茅葺きにしたくて、役所と交渉したけれど、受け居られず、なくなく、鉄板の上に、木を組んで、藁をのせたそうです。鉄板の上の藁なので蒸れて痛んでしまって、撤去したところ、音や、厚さを急にかんじることになってしまったそうです。(その時も、藁をのせること、悩んだみたいですが、かや?藁がなっかったようなことおっしゃていました。。)
近代建築の建築家のひとりであるレイモンドも、日本の茅葺きの家を美しいっていっていたんですよね。(機能も含め)
デザインの大学のお話を読んで、思いました。
kokubo さん、コメントありがとうございます。
茅葺きのお堂、本当に良いものです。地元にはピンと来ていない方もおられるので、顔を合わせる度に一生懸命褒めるようにしています w
雨傘くらいの小さな茅葺きは簡単につくれるので、望んでさえもらえたら、団地中のお地蔵さんの祠に被せてまわりたいです w
それより、レーモンドの夏のスタジオ行かれたのですか。うらやましいです!公開されていませんからね。
オリジナルは軽井沢にたくさんある、カラマツの葉で葺いていたという話しも耳に挟んだことがあります。もちろん、すぐ傷んでしまったそうですが、物件としてはぜひ手がけてみたいと夢見ていた屋根でした。
でも、茅葺き撤去してしまったとのこと。残念です。茅葺き屋根は風情だけではなく、実感されたように遮熱や防音(雨の音が全くしません!)といった、機能的にも優れた面がありますから、鉄板の上に茅葺きも全然有りだと思います。
そういうことを評価して頂いて、いつかまた茅葺き屋根を乗せてもらえるように、茅葺きの良さを発信し続けて行こうと思います。
お堂、本当に、いい雰囲気ですね。地元の方は見慣れているからなのでしょうね。(遠くに離れたとき、ぜったい、大切なものになりますよ!)
お地蔵さんと茅葺ってなんだかほんとうにいいですね。お地蔵さまも、きっと喜んでくれそうです。
軽井沢の新スタジオ、茅をとってしまうとき、
茅にしたかったのに、できなかったようなことをおっしゃていました。材を集めるだけでも、最低、3年かかってしまうし、職人さんもいないってそのとき、言われたようなことおっしゃていました。。
私は行けなかったのですが、次の日にあった、町並み見学会でも、茅葺きの酒蔵?でも、同じ理由でできないって思っているという話があって、どなたかが、武相荘で茅葺の葺き替えをしたんだよ。。みたいな話をしていた。。って友人が言っていました。
(お金の問題もあるようですが。みなで集めたりする方法もありますよね。。)
やり直したいけど、
できないって思っている方がいらっしゃるんだなぁって思って、
茅葺屋さんと、そういう方がつながれば!って思いました。
いい縁があって、また新スタジオが茅葺きになったら、本当に素敵ですね。
今度、そういうお話をお聞きしたら、
出来る人がいますってお話していきたいって思っています。
茅葺のお堂、初めて見ました!すばらしいですね〜
将来思い出となったときの深み・・ほんとうにそうですね。小さなお地蔵さまのおうちが、みんな茅葺屋根だったら味わい深いですね。
大阪では、’日本民家集落博物館’で、茅葺屋根の家を見ることができますが、博物館でしか見れないというのは、さみしいことですね。
タンザニアでも、同じような民家集落博物館がありましたが、そこで再現されている家家は、現在も実際に、タンザニア全土で住居として住まわれているものでした。
kokubo さん、とまとん さん、コメントありがとうございます。
>kokubo さん、
えーと、何だかガツガツしたリコメントですみませんでした。仰るようにレーモンドは茅葺きを機能的に評価して使ってくれていたので、そういうことを大切にした茅葺きの建物にとても興味があったもので。
彼は障子も日本趣味ではなく、光の拡散機能や断熱性能などの性能面から評価して活用していますね。
茅葺きでも何でも、見た目に美しいということはもちろん大切なことですが、機能として如何に優れているのか(生産時や廃棄時も含めて)を明らかにすることも、技術として認めさせて行くためには欠かせないと思います。
戦前からそのような取り組みを実践して来たことからも、彼の偉大さをあらためて職人という立場からも噛み締めています。
思わず食い付いてしまったのはお恥ずかしいのですが、ご縁は大切にして行きたいと思いますので、何かお力になれることがありましたらよろしくお願いいたします。
>とまとん さん、
茅葺きが農業の仕組みから切り離されてしまって以来、住宅として個人で維持して行くことはとても大変なこととなってしまっていますが、氏子さんや檀家さんが力を出し合って支えて行くことの出来る、祠やお堂は茅葺きを続けられているものも以外とあるようです。
とはいえ全体としては少数派になってしまっていますから、僕の暮らす集落にそれが残されて来たご縁を大切にして行きたいと思います。
万が一にもこのお堂が茅葺きで無くなるようなことがあれば、屋根屋を辞めなければなりません w
日本民家集落博物館も博物館としてはとても頑張っておられると思います。広大な服部緑地に茅場が無いのは残念ですが・・・
博物館は文化施設としての役割がある訳ですが、それだけになってしまうと、ちょっと。
茅葺きという文化が社会の中に合って日々進化していればこそ、オリジナルを残す文化財の価値も高まるのですから。